有名人の名言

岡田光信の経歴や名言!アラフォーの迷いからアストロスケール創業

アストロスケール岡田光信は宇宙ゴミ問題の解決に挑む人類初の起業家です。Forbes japanの「日本の起業家ランキング2019」受賞者の中で堂々の1位となりました。

アラフォーの迷いから「宇宙の掃除屋」になった人です。39歳というアラフォーになって生き方を見直したとき、このままでいいのか、行動をする人としない人では人生に大きな差が生まれます。

自分の人生を今より少しでも充実させたいと思ったら、岡田光信氏の生き方に学ぶことが多いはずです。

岡田光信の経歴

岡田光信氏は1973年兵庫県出身。東京大学農学部を卒業後、大蔵省主計局に勤めた後に、マッキンゼー・アンド・カンパニーで経営コンサルティングに従事しました。

その後自分で経営がしたいと考え、IT関係の会社を2社起業しアジアを中心に活躍していましたが、39歳の時に宇宙に関心を持ち「アストロスケール」を設立。

これまでの経験の全てが今に役に立っています。大蔵省時代の経験により、政府に頼めることと頼めない事が解っています。

マッキンゼーの経験では、問題の課題が大きいときには、それを分解してひとつづつ解いていくという問題解決の方法を学んでいます。

岡田光信氏の経歴がアストロスケールの大きな武器と言えます。

アストロスケール岡田光信が目を付けた人工衛星とは

さて、私たちの生活は宇宙に関係したテクノロジーへの依存が、非常に高いことを実感していますでしょうか。ほとんどの人は意識していないのではないかと思います。

GPSや衛星放送もそうですが、交通網は全て人口衛星を使っているのです。車も飛行機も船も全部です。台風や噴火などの災害の対策にも人工衛星が使われています。

株取引の証券取引所の時刻も公平さが重要ですから、世界同時刻を表示できるタイムスタンプも人工衛星のおかげです。

ですから、この人工衛星に何か問題が起きて使えなくなってしまうと、私たちの生活が成り立たない程に、人工衛星というものに頼っているのです。

アストロスケール岡田光信とスペースデブリ問題

ですが、宇宙には「宇宙ゴミ(スペースデブリ)」があって、まだ一般的にはご存知無い方も多いかと思いますが、大きな問題になっています。

この恐ろしさの一片が解るということで、2013年公開の映画「ゼロ・グラビティ」を見てみました。

スペースシャトルの船外で作業中に、船内への緊急避難の連絡が入ります。

ロシアが自国の必要で無くなった人工衛星を破壊したところ、その破片により、他の人工衛星も破壊され、膨大な量の人工衛星の破片が向ってきているというのです。

避難が間に合わず、その破片がぶつかって亡くなる同僚たち。絶体絶命の中で、地球に生還することはできるのか・・のような話です。

ですが、実際の宇宙空間では、その映画の描写よりも遥かに早い、肉眼では追えないスピードで、秒速8キロメートルという弾丸の30倍もの速さで回転しながら移動しています。

一日あたり地球を約16周もしているのです。その破壊力は想像を超えます。しかも、破片同士がぶつかり合ってさらに小さな破片の数が増えているのです。

大きなものは古い人工衛星とかロケットの上段の部分などで、大型のバスぐらいのものもあります。

それらがぶつかりあって爆発して小さいものは数ミリのものまで様々です。

現在は宇宙に人工衛星が2000基近く上がっているのですが、その周りには、比較的大きなものだけでも2万数千個以上のスペースデブリが観測されているのです。

すでにスペースデプリとの衝突事故も起きており、アメリカの「イリジウム」という衛星が、ロシアの軍事衛星と衝突したこともあります。

エクアドルの第一号の衛星も、一か月でスペースデブリに当たってダメになってしまいました。

スペースデブリ問題が解決しない理由

このスペースデブリの問題は実はもう30年も前から議論されてはいるのです。

ですが、議論は進展しないまま、深刻化しています。対策が進まない一番の理由は、どこが費用を負担するのかにあります。

スペースデブリの99%はアメリカ・ロシア・中国で打ち上げられたものです。

他の国は、その3国に費用を負担するべきだと言っていますが、その3国は、利益を受けた者全てが負担するべきだと言って譲りません。

そんな宇宙のゴミ問題に名乗りを挙げた一民間企業が「アストロスケール」の岡田光信氏なのです。

アストロスケール岡田光信が宇宙の掃除屋になった理由

forbes前人未到の解を求める「宇宙の救世主」

きっかけは岡田光信が39歳の時に、「俺のしてることは本当にしたかったことか?」って迷いが生まれたことです。

40歳目前にして、迷いに陥る人が多いって言いますが、それは軌道修正するなら今が最後のチャンスって感じなのかもしれません。

岡田光信が迷っている時に、高校1年でNASAのスペースキャンプに参加した時の、毛利衛宇宙飛行士からの直筆メッセージをみつけました。

メッセージには「宇宙は君たちの活躍するところ」と書いてあって、それを読み返したのです。

それで、はっとして宇宙への関心が高まり、自分に何か出来ることは無いかと、宇宙関係の学会に参加したというのが始まりです。

スペースデブリの問題を知って、2013年にはドイツで開催されるデブリの専門学会にも参加し、未だに問題が解決されていないことを知り、その10日後に「アストロスケール」を設立したのです。

人工衛星自体にも寿命があって、寿命が尽きてしまえばそれもスペースデブリになってしまうのです。

そういう問題に、今までみんなで見てみぬふりをしていたのです。でも、さらに今後はもっと人工衛星に頼る世の中になります。

宇宙開発の新しい時代到来

準天頂衛星システム「みちびき」がサービスを開始しましたが、GPSを高精度にして、多くの産業がそれを利用していますが、その流れは今後はもっと加速していくでしょう。

その流れに乗るにあたって、スペースデブリの問題を黙殺したままでは、リスクが大きすぎます。

茅ヶ崎にある従業員20名ほどの小さな町工場「由紀精密」は、高い技術力で欧州の人工衛星企業や航空ジェットエンジンなどの新規分野に挑みフランスに子会社を持っている会社です。

岡田光信氏は由紀精密と資本提携を結びました。そして、岡田光信氏に共鳴する企業や研究者も増えて行き、愛知県豊川市のオーエスジーという切削工具のトップメーカーがスポンサーにもなりました。

さらに、2017年にNASAアジア代表部の代表のクリストファー・ブラッカビーはNASAの要職を捨ててまでアストロスケールに入社してくれたのです。

岡田光信氏の情熱に共感し、自分も新たな挑戦の仲間入りがしたかったと言います。

2018年には、ソフトウェア開発のエンジニアとして入社したナット・ガイもNASAのジェット推進研究所を辞めて来ました。

やはり、宇宙のゴミ問題の解決に貢献したいと言うのです。その後も世界中の宇宙開発に関係してきた人たちから履歴書が届きます。

宇宙開発に関わって来た人たちだからこそ、スペースデブリ問題の大きさを誰よりも解っているのです。

こうして、各国の政府は宇宙政策に関して、岡田光信氏を呼んで意見を聞くようになってきたわけです。

2020年には、アストロスケールは大型デブリ捕獲衛星ELSA-dの技術実証を軌道上で行う予定です。

将来的には顧客の依頼を受けて、人工衛星の軌道の環境保全の確保をしていきます。

現在、アストロスケールと協業する企業は100社を超える規模になっています。

アストロスケール岡田光信の観測衛星打ち上げ失敗経験

しかし、過去には、観測衛星の打ち上げ失敗も経験しています。

シベリアのボストチヌイ宇宙基地から飛びだった、アストロスケール初のスペースデブリ観測衛星を積んだロシア製のロケットは、打ち上げ後、消息を絶ってしまったのです。

衛星を積んだロケットそのものに問題が発生したのです。

スペースデブリ問題の為の観測衛星が宇宙でそれ自体がデブリになってしまうのかと、岡田光信氏の頭は真っ白になりました。

世界各地で岡田光信氏の衛星を探すために一斉にアンテナが動きました。そして、今回の打ち上げに伴う物体は宇宙には存在しないことが判明しました。

行方が解ったのは4日後のことです。北大西洋に軌道を外れて落下していたのです。正気でいるのが大変だったというほどの経験でした。

岡田光信の名言

いまは地球規模で考えるのはなく、もっと大きな宇宙的視点が必要となっている時代です。

いずれ歴史に残る活躍をされて、岡田光信の名言として残るだろうと思うものがいくつかあるので紹介します。

・このままでいくと2050年には人口は98億人。食料も水もエネルギーも消費量は50パーセント以上増えます。ですが、その時代は漁獲資源は80%減って、森林は50%喪失します。これは今のデータから予測される未来として解っていることなんです。
100億人総不幸の社会になってしまうのです。
だから、今私たちは意識と行動を変えなければなりません。社会を持続可能にするために今変えないとなりません。

・宇宙には地球の道路のような細かいルールがまだありません。ですが人工衛星には寿命があってやがて宇宙のゴミになるのです。1950年まで宇宙にゴミはありませんでした。今では、50万個以上のゴミが放置され、凶器となって衝突と破壊を繰り返しているのです。一番の問題はそれを世界が放置してきたことです。

・僕らは、例えて言えば高速道路のJAFのようなもの。壊れた衛星を除去して宇宙の安全を守る仕事です。

・39歳の時に、今やっていることは本当にやりたかったことかという迷いが出てきて、その時に昔お会いして直接いただいた宇宙飛行士の毛利衛さんの「宇宙は君たちの活躍するところです」という言葉にはっとしました。
「宇宙に自分の活躍するところがあるのかも」そう思って宇宙に関心を持ちました。

岡田光信まとめ

岡田光信氏は1973年兵庫県出身で、東京大学農学部を卒業後、大蔵省主計局に勤めた後に、マッキンゼー・アンド・カンパニーで経営コンサルティングに従事しました。

その後自分で経営がしたいと考え、IT関係の会社を2社起業しアジアを中心に活躍していましたが、39歳の時に自分の人生に迷いが生じ、迷いの末に宇宙に関心を持ち「アストロスケール」を設立しました。

その経験の全てが今の仕事に役立ち、岡田光信氏は人類の役に立とうとしています。

現在は、ビジネスとして色々なプロジェクトが同時進行しています。

人工衛星は増え続けていますから、デブリも増え続けていますし、リスクも増え続けているのです。

まずは、技術実証の成功を祈るばかりです。それからやっとスペースデブリ問題の解決に向かって動き出すわけです。

岡田光信氏は迷ったことで、自分のやりたかったことを見つけ、世の中の役に立つことができるという確信を持ったようです。

迷って自分の心に正直になり、本当にやりたいことを見つけるというのはとても大事だと思います。迷うというのも時には悪くないものです。

副業しようかどうか迷う、一つの副業をやっていたけれど、違う副業をした方がいいんじゃないかと迷う。色々な場面で迷うことはあります。

ただし、迷ったままでは何も進みませんので、出来るだけ早く行動してみることが大事ですね。

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