有名人の名言

リブセンス村上太一の経歴と名言!業績悪化でも資産がすごい

村上太一は19歳で「リブセンス」を設立。創業2年目には黒字化を果たし、25歳で史上最年少の東証マザーズに上場を果たしました。

村上太一の名言に生きるとは幸せに向かって選択すること。というのがあります。

2013年には株価最高値3255円にまで上がりました。しかし、その株価も2019年には250円前後の推移です。

リブセンスは業績悪化とか倒産かとか言われていますが、どんな選択をするのでしょうか。村上太一氏の経歴と名言、資産なども併せて紹介します。

村上太一の経歴

ビジネス+IT リブセンス村上太一の

1986年10月27日東京都出身です。

父は普通のサラリーマン。母も専業主婦のいたって普通の家庭に育ちました。

ですが、両祖父が経営者で、黒塗りの社用車が迎えに来るのとか、お祖父ちゃんちに御呼ばれして食べるすき焼きの肉が一枚一枚紙に包まれているのとかをみて、すげえ、かっこいいと思って見てましたから、村上太一氏の小学校高学年の将来の夢は「社長」でした。

人と違うことをするというのは、小さい時からの習慣のようなもので、小学校4年までは一年中、半そで半ズボンで過ごしました。

秋になったので母から「そろそろ着替えたら?」と何度も言われましたが、まだ暑いからこれでいいよ」とお気に入りのTシャツと半ズボンを3枚づつローテーションで来てました。

母もそのうち諦めて、それで一年中その恰好でしたと村上太一氏はいいます。

ですから、人から「ちょっと変わった子」という目で見られるのは慣れていたのかも知れません。

パソコンを始めて手にしたのも小学生の時です。

祖父が、「これからはパソコンの時代がくる」ということで、購入費を出してくれました。それで家族揃って買いに行ってきました。

1995年当時はまだ電話回線を使ってインターネットに繋ぐ時代でしたから、家では電話を利用する時間帯はパソコンは禁止でした。

そのうち、チャットや掲示板で知らない人と交流する楽しさを覚えて、インターネットにはまりました。

2000年ぐらいまでは、今と違って知らない人との交流にそんなに抵抗が無い時代でしたから、そこからインターネットにはまったという人がけっこういました。

中学は公立中学です。

実は両親に勧められて中学受験をしたのですが、人に「やれ」と言われてやることには元々力が入りません。

結果は不合格でしたが、受験勉強をしたおかげで、公立中学の成績はいつもトップクラスでした。

部活は野球部で、顧問の先生からは毎日素振りを続けることの大切さとか、努力を積み重ねることが成果に繋がることなどを丁寧に教えてくれる先生で、その時の教えは今も生きていると村上太一氏は言っています。

そして小学生のころから、いつかは社長になりたいと考えていましたから、いつもいろいろな事業のアイデアを考えていました。

食品会社にメールで「豚骨チャーハンの素」を作って売ったら売れると思います。と提案しましたが、結果は「ご提案ありがとうございました」という返信メールで終わりました。

また、インターネットにはまった人は一度はプログラマーの道を考えるものですが、村上太一氏もやはりそう考えて、教則本を買いました。

ですが、その本の選択に失敗したようで面白いと思うことが出来ませんでした。

それよりも、いろんなサービスを提供する方向に興味があったようです。

高校受験は、成績も良かったですし内申も良かったので、自己推薦枠が使える学校を探した結果早稲田大学高等学校がみつかり合格しました。

村上太一氏の父親がソフトテニスで国体に出たことも有り、高校へ入学して、硬式テニス部に入りたいと思っていました。

ものすごい競争率の部活で新入学生が600人ぐらいいたのですが、その100人が入部希望で、その中から10人ぐらいしかとらないので、毎日とにかく走り込みをさせてふるい落とすのです。

村上太一氏は、そういう時は目の前の目標に対してただひたすらと頑張れる性格なので、最後の10人に残ることができましたし、3年の時にはキャプテンにもなりました。

小学校の時には学級委員もやってましたし、高校の部活のキャプテンも経験して、人をまとめていくことに向いているという自信を深めます。

高校生の時には、もうすでに将来一緒に会社をやろうと仲間を集めていました。

そんな一人から、ある会社のパーティーに呼ばれたので一緒に行こうと誘われました。

良い機会だと思い訪ねたところ、今度企画書を見てれると言ってくれて、さっそく幾つかの事業プランを見せたのですが、すべて即ダメだしでした。

勉強不足と、世の中そんなに甘くないということがわかりました、と村上太一氏は言っています。

そして、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学します。

高校3年になるまでは、理系に進もうと考えていたのですが、大学の在学中に起業しようと決めてからは、理系は研究と実験に時間を取られるのでやめました。

起業するならやはり商学部か政治経済学部が良いと思ったのですが、偏差値が高くて優秀な人が集まる方が面白そうだと考えて経済学科に進学を決めたそうです。

そして、母がいつも村上太一氏が興味を持ちそうな話題の新聞記事などを切り抜いてトイレの壁に貼ってくれてたのですが、その記事のひとつに自分が大学に入学する歳から早稲田大学で「ベンチャー起業家養成講座」というのがスタートするとなっていました。

ビジネスプランコンテストを行い、優勝者には大学のインキュベーション施設のオフィスを無料で一年間使えるというので絶対に応募して優勝しようと決めていました。

ですから、毎回講義は最前列で、企画書も必ず先生に見てもらっていました。

他の生徒とは起業したいという意気込みが違っていたと思うと村上太一氏は言っています。

応募したビジネスプランは、「リブセンス」の起業の動機にもなっている、自分がアルバイトを探していた時の経験から見つけた発想です。

街中にはアルバイト募集の貼り紙はたくさん見かけるのに、インターネットで検索するとそれらはまったく引っ掛からない。

その理由は、インターネットに載せてアルバイトを募集するには費用が掛かったからでした。

それで、基本掲載料無料で応募があったら報酬をいただくという「採用成果報酬型」という求人サイトを作ることにしました。

自分の学校はもちろんの事、女子大のキャンパスや、渋谷や新宿の街頭、それに飲食店とかにまで飛び込みでいたるところにリサーチして、実現が可能だという実証を作り、みごと優勝しました。

村上太一 リブセンス設立

その後半年のインターシップの経験を経て、大学1年の終わりに無料のオフィスを使用して株式会社リブセンスを設立となったのです。

「アフィリエイト」とか「リスティング」という単語はインターシップ時代に初めて覚えました。

創業当時は村上太一氏を含めて4人です。

村上太一氏は200万、他2人が50万づつの計300万の資本金でした。

2006年4月にアルバイトの求人サイト「ジョブセンス」のPC版とモバイル版のサービスを開始しました。

毎日がディスカッションや会議で明け暮れ、「掲載料は無料で、応募1件あたり4000円の成果報酬をいただくというシステムでしたが、最初の1年目はまったくダメでした。

それで「採用決定後に成果報酬で、採用が決まった求職者にはお祝い金を出す」というシステムに変更。これでだいぶ営業しやすくなりました。

でも実は、2006年の年末には知り合いの経営者に「事業を買ってください」と電話をしているんです。

あまりにも売り上げが伸びずに、先行きの見通しが立たず、自分はもちろん社員にもろくに給与も払えずに、ただただ不安だけがあったのです。

電話したのが年末でもあったので返事を待っている状態でしたが、年が明けて年初の仕事始めの挨拶で「今年も頑張ろう」と自然に出てました。

正月休みの間に何のために会社を起こしたのかを改めて考えたのです。そしたら、「自分は他人の幸せに貢献できたときに幸せを感じることができる。一人では他人の幸せに大きな貢献なんて出来ないから会社を起こしたんだ」と再び思い出したのです。

ですから、その考えが変わらないのなら、また起業したくなるだろうから、それならまた同じ苦労を初めから繰り返すより、今この仕事を頑張った方が良いと思いました。

それで、なんかまだいける気がしてきて、「事業を買ってください」と電話した経営者の方にこっそり電話をして「もう少し頑張ってみます」と事業売却の話しを取り消したと村上太一氏は言っています。

村上太一ひたすら「SEO」の勉強をする

「アルバイト」と検索するとトップに表示されるように、ひたすらSEOの勉強をしました。

そして、2007年にそれが可能になると求人広告の掲載の申し込みも、応募のアクセスも急激に伸びて朝から晩までひたすら働きました。

周りのスタッフもよく支えてくれて、仲間を信じて頼っても良いということを教えてくれました。

初年度は年商500万でしたが、2期目には7000万になり大幅に増え、2008年には正社員向けの転職サイトもサービス開始しましたが、こちらも順調に軌道には乗ってくれませんでした。

まず、社長の村上太一氏がノータッチでした。

それに加えて、アルバイトよりも正社員の求人数は少ないし、企業も正社員ともなると簡単には答えをくれませんから苦戦しました。

それで、社長である村上太一氏が正社員向けにもしっかりと向き合い、企業側も成功報酬は年収の20%で完全採用となってから費用が発生するということにすると、安心して契約されるので売り上げも順調に伸びるようになりました。

村上太一の健全な成長戦略とは

ですが、当たり前の事ですが、この方法を他の求人サイトを持つ企業がどんどん真似してきました。

それで、次から次へと新しい戦略が必要となります。

派遣社員の求人サイト「ジョブセンス派遣」や、賃貸住居を探している方向けの「door賃貸」もスタートさせました。

どちらも、まだまだ完全ではありません。

既存マーケットで「ナンバーワン」になりたいし、未開拓分野のマーケットで「オンリーワン」になりたいと村上太一氏は言います。

グルメの分野なら「食べログ」だし、レシピなら「クックパッド」です。

そんなふうに代名詞になるようなサービスを手掛けたいと考えているようです。

そして、今は「当たり前を発明しよう」ということで、誰もが長く使って喜んでもらえるサービスを作ろうということがミッションになっています。

「リブセンス」という社名の持つ意味

直訳すると「生きる意味」です。

村上太一氏はある日気づきます。

人は幸せになる為に常に選択していると。

何をするとか、しないとかの選択すべてが、全て幸せになるための選択をしているのです。

そして、村上太一氏は自分が幸せになる瞬間というものを考えた時に「だれかを笑顔にしたとき」だったのです。

ですから、自分が幸せになるためには、より多くの人を幸せにすること。

事業を通して世の中に影響を与え、多くの人が笑顔になり幸せになることが、自分にできる手段だと思いました。

その思いはいつまでも変わりません。

技術によって大きな変化を起こせる時代だからこそ、基本の仕組みから変えていくチャンスのある時代だと村上太一氏は言います。

村上太一の名言

若くして起業し、今まで続けてこれたのは、村上太一氏の信念のある生き方があり、しっかりと一本筋が通っているからです。いくつかの印象に残る名言を紹介します。

・生きることとは、「幸せ」になることを目指して、一瞬一瞬を選択し続けること。

・社会に対しての「正」のインパクトを最大化させるために、今後も挑み続けていきたい。

・新たな当たり前を生み出すために、起業以来「雨垂れ石を穿つ」ように事業をコツコツと磨き続けてきました。

・どのサイトでも表示される情報は同じと思われたら意味が無い。圧倒的なユーザー体験をしてもらう事で差別化して優位性を築きたい。

・「マッハ」という名称変更にまで踏み切ったのは、付加価値型へののビジネスの方向転換という決意の表れであり、覚悟でもあります。

リブセンスの業績は悪化?

2013年には株価最高値3255円にまで上がりました。
その株価も2019年には250円前後の推移です。

これはヤバいと普通は思います。ですが、そもそも3255円は上がりすぎです。

この値段はともかくとして、今の250円から上がるのかですが、2019年の決算報告書では、前年度よりは営業利益も伸びているようですから、経営改善されているようです。

でもそもそもなぜ、業績が悪化したのかですが、まず求人サイトが乱立しすぎていること。

それに大きいのは、「グーグルペナルティ」と言う、Googleの解釈上「ユーザーにとって良いコンテンツを提供できていないSEO」との判断により、検索のトップに出てこなくなったことによる売り上げ悪化。

たしかに「アルバイト」で検索してもトップどころか7ページまで行っても出てきません。

これは痛いですね。でも、これはおそらく予想していたことだと思います。

ですから「転職会議」というサイトを立ち上げたのでしょう。

働く人の声が聞ける口コミサイトです。

このサイトであれば、求職サイトが陥りがちな、他のサイトと内容が似通っているという問題も解決できます。

この転職会議のサイトが効果を表すのにはもう少し時間がかかるかもしれません。

また、SEOの方法によっては今後も検索上位から落とされることもあるかも知れません。

ですから、「バイトをするならタウンワーク」の松本人志のCMのようにイメージを強く作り上げていくことも大事でしょうし、「リブセンス」や「村上太一」という名前をもっと知ってもらうことも一つの手でしょう。

いずれにしても、SEOばかりに頼っていられない、サイト運営の難しさを認識して対応しているのですから、今後の復活に期待しても良い企業といえるのではないでしょうか。

村上太一氏が「幸せに向かって選択」しているのであればですが。

今後もさらに求人サイトの需要は高まるでしょう。それは間違いありません。

村上太一の資産とまとめ

2019年でリブセンスの時価総額が300億と言われていますから、その48%の株を保有している村上太一氏の総資産は150億円ぐらいでしょう。

ですが、村上太一氏はあまりお金への執着が無いのか、豪邸とかに興味がないのか8畳のワンルームに住んでいるといいます。

お金は後からついてくるもの、社会に正のインパクトを与えないと挑み続けた結果なのでしょう。幸せへの選択を続けてきたといえます。

お金を求めすぎても執着してしまうと良くないことが多いので、お金を求めつつも社会へ正のインパクトを与えられるように、ネットビジネス、副業をがんばっていくのがいいのでしょうね。

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