有名人の名言

富士フイルムの古森重隆氏の名言に学ぶ「先細りを見極めて転換する勇気」

富士フィルムと言えば、写真のフィルムの会社でした。「でした。」と過去形にしたのは、2004年には写真フィルム事業は事実上の撤退となっているからです。

世のデジタル化の波で需要がほとんど無くなり、全盛時では売り上げの7割も占めていた写真フィルムの事業が、このままでは先細りで全世界7万人を超す社員を抱えた企業が死んでしまうという危機が迫って来たのでした。

生き残りの為に、次々と新しい事業に参入し、見事奇跡のV字回復した富士フイルムの古森重隆氏。難しい改革を見事成し遂げるには、どんな能力が必要だったのでしょう?「先細りを見極め転換する勇気」を名言から学んで行きたいと思います。

古森重隆氏の経歴

1939年9月5日長崎県出身で、長崎県立長崎西高等学校を経て、1963年に東京大学経済学部卒業。

現在は、富士フイルムホールディングスの代表取締役会長と連結子会社の富士フイルムと富士ゼロックスの代表取締役会長を務めています。

1963年に富士写真フイルムに入社し、営業の経験を積み、営業第2本部長、その後富士フイルムヨーロッパ社長を経て、2000年に社長に就任しました。

古森重隆氏の名言

まず、古森重隆氏の名言をいくつか挙げて、これらから古森重隆氏の戦略の立て方を探ってみます。

・情報には3つの種類があって経営者はこれから判断しなくてはならない。

まず1つ目は明確に見えるもの。2つ目が不明確なもの。3つ目が見えないもの。1つ目は理解しやすいが、2つ目は気を付けて分析しないと分らないものです。3つ目は、絶対何かあるはずと感じても、片鱗も見えないものです。

世の中の動きや、情報を見ていると流れが理解できるようになります。そうすると断片的な情報がポツ、ポツと出てきて、そして沈黙の見えない情報と組み合わると、どんな動きかが読めるようになります。

・経営者にとって一番大変なのは断行することです。これは勇気がいることです。

実行することで、さらには絶対成功させなければならない。失敗する人はリーダーとは言いません。

会社の大事な時には、情報を集めた上に、考えに考え抜いて、決めたら絶対やってみせるという意思が大事です。

・私は本業を失うという機会に巡り合った幸運な経営者でした。

・リーダーのあるべき姿とは、「賢く、正しく、強く、早く」イノベーションできる姿です。

・会社の真の力とは、営業力であり、生産力であり、社員の質であり、文化であって、これらの欠けている企業は、一時的に良い製品を生み出せても続かない。

・今の若者は、とことん頑張ってみたことが無いから、自分の底力を知らない。一度半年間でも会社のために120%の力で働いて見ないか?自分で本気になるとここまで出来るというのを経験してみることにより、自分の真の力を知ることが出来る。

それを知っておくと、肝心な時に踏ん張れるものです。

・企業は満足したら駄目です。常に技術を磨いて、社会に貢献し続けるという姿勢が重要です。

・意識して前向きに物事を考えるようにしたら人生が変わった。

必ず乗り越えられると思えば光は見えてくるものです。

なるほど、古森重隆氏の基盤となる考え方はだいたい分かりました。

では、どんな方法で再起したのでしょうか?

デジタル化の波に対抗する戦略

社長に就任した2000年には、まだ営業利益の6割は写真フィルム関連でした。でも、その後毎年、2割から3割減で落ちて行きました。一気にデジタル化が進んだからなのです。

そして赤字転落を迎えることになります。実は、1980年代ごろからいずれデジタル化が来ることは予測していました。

ですから、これに対抗する戦略も立てていたのです。まず、一つ目としては、「デジタルの分野への参入」です。富士フイルムは世界初のデジタルカメラである「FUJIX DS-1P」を開発し販売しています。

150万画素の一般向けデジタルカメラで、数年間は世界シェアのトップをとりました。どこよりも早く対応していたわけです。

これで、写真フィルムの事業の減益の穴埋めも出来ていました。ですが、すぐに他のメーカーが出てきて、一気にデジタル化が進みます。

二つ目として、アナログの方がデジタルよりも優れていると思われるようにさらにアナログの技術を磨く。

そして三つ目として新規事業へ参入することでした。この新規事業の参入もすでに、医療分野ですとか、インクジェットそして光ディスクなど具体的に考えていたのです。

しかし、これらの事業は時間もコストも膨大に掛かり、それにまだ写真フィルムの事業の方が伸びていましたので途中で止めてしまっていたのです。

ただ、予想をはるかに超えてデジタル化のスピートは早かったのでした。

カラーフィルムの最高販売数を記録したのは、古森重隆氏が社長に就任した2000年の事でしたから、そのわずか5年でこの主力の事業が赤字に転落するとは、予想できませんでした。

デジタル化はまず印刷と医療の分野から始まりました。

製版用のフィルムがデジタル化され、レントゲンのフィルムもデジタル化されて、それに続いて写真のフィルムも映画のフィルムも次々とデジタルに変わっていくのでした。

でも、何と言っても予想をはるかに超えるスピードでデジタル化に変わっていったのはカメラでした。

デジタル化と言っても画質はまだまだ低く、品質においてはフィルムの方が勝っていたので、本格的なデジタル化はもう少し先だろうと考えていたのです。

ですが、一般消費者はデジタルカメラを次々と買い求め、それに応じて画像の質も次々と改善されて行ったのでした。

専門分野では、画像の質が一番の問題なのですが、一般消費者はそれよりも目新しさや手軽さを求めていたのです。

ですから、一気に写真のフィルムの需要は減り、二つ目のアナログの技術を磨くという選択肢は少し残しつつも、三つ目の新規事業への参入を本格的に考える必要に迫られました。

どんな事業に参入するかは、自分達がどんな技術を持っているかを熟知する必要がありました。

すると400近い技術がありその中から、何が出来るか、何をしたいかと考えた末に、主に液晶技術と医薬品や化粧品などのヘルスケアの分野に絞られたのです。

世界の3か所に感光材料を作る巨大工場があったのですが、それを今後の需要に合わせて減らし、液晶技術の分野を広げるために、熊本と静岡に生産工場を建て、来るチャンスを掴むために備えました。

また、新しい事業にはヘルスケアもやりたいと思っていたのですが、その中でも医療分野が不可欠だと考えていました。

2008年に、まだそのころ大赤字の会社だった富山化学工業を株式公開買い付けによって連結子会社にします。

普通、一般的に開発した薬が世に出る確率は10%程度なのに対して、富山化学工業の創薬は40%を超えていて、投資効率が良いと判断されたのです。

また、抗インフルエンザウィルス薬として開発された「アビガン」がエボラ出血熱にも効果があることがわかり、日本政府からの緊急無償資金協力の調達物資に採用され、ウィルス性の治療薬として期待されています。

また、化粧品分野の進出で話題になったのが「アスタリフト」です。アンチエイジングのスキンケア商品として大ヒットしました。

アスタリフトにも富士フイルムの技術が活かされています。

カラー写真のフィルムの厚さは人間の髪の毛の太さと同じぐらいです。表面の厚さともなるとその10分の1です。

そこに9層の発色剤を塗り重ねて出来ているのですが、それぞれの色が混ざってしまってはぼやけた写真になってしまいますから、それを防止するために、表面にコラーゲンなどの色々な物質が使われていて、多種多様な物質が100種類にもわたり混合されているのです。

つまり写真を美しく現像させるための微粒子制御技術が、スキンケア化粧品のコラーゲン制御の技術に活かされているのです。

化粧品業界では、富士フイルムが参入してきたときには驚きはしたものの、まさかこんなに高い技術で対抗するとは考えていませんでした。

まさにオンリーワンの技術となり、消費者の満足度の高い製品を作り上げることに成功しました。

こうして、医療分野とスキンケアの分野が引っ張って、V字回復の大きな柱になりました。

古森重隆氏の時代を見る目の確かさには驚愕します。こんな変革の時のなかでも、一時的な流行ではありましたが、「チェキ」も大ヒットさせました。

デジタルしか知らない若い世代には新鮮に映ったようで、その場でプリントできるカメラというデジタルにはないプリントされた写真のパワーの強さを若い人に印象付けました。

あえて、プリント写真は終わったと思われた時代に、写真文化の大切さを伝えようとしたことに古森重隆氏の凄さを感じます。

富士フイルムの現在は富士フイルムホールディングスとなり、2019年3月期の連結の売上高は2兆4300億円を超し、従業員数は7万2000人を超えます。

子会社数も国内90社、海外189社とグローバルな精密化学メーカーとなって黒字回復しています。

古森重隆のまとめ

古森重隆氏は確かに起死回生でV字回復を達成しました。ですが、問題も多く残っています。

まず、後継者問題。後継者が育っていないのです。古森重隆氏はドンとか、独裁者とか言われるほどに独断的に断行してきました。

その決定が今まで正解だったからこそ生き延びて再起できたのですが、そういうカリスマ経営者の後というのは中々育たないものです。

富士フイルムも同じことで、次を担う力のある人間が居ないと言われています。

古森重隆氏の後に社長に就任した中嶋氏も、健康上の理由ということですが、社長の座を退き、助野健児が社長に就任しています。

ですが、中嶋氏は東芝メディカルの買収に失敗し、古森重隆氏が解任したとの噂も流れています。

助野社長は社内では「庶務課長」程度の存在と影では言われ、以前古森重隆氏が実権を握っているようですが、歳を考えるとこれも大きな問題です。

また、医療分野での医薬品に関してですが、日本では認可までの日数がかかるので、世界の医薬品メーカーと戦って行くには不利な側面もあります。

古森重隆氏の名前は富士フイルムの歴史的偉業として残るでしょう。古森重隆の未来を見通す目と強いリーダーシップは、ビジネスに関わる者にとても参考になります。

今後は、古森重隆氏が去った後に、どうやって富士フイルムを残すのか、の対策までしっかり出来てこそ真の評価に繋がるはずです。日本の未来に役に立つ企業としてがんばってほしいものです。

 

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